TAMEとはThe Targeting Aging with Metformin、すなわち「老化を標的としたメトホルミン(メトフォルミン)」と呼ばれているプロジェクトです。このプロジェクトでは65~79歳の3000人にメトホルミンを投与し、その後の「老化の進み方」を調べる予定「でした」。実は現在このプロジェクトは進んでいません。

その前にメトホルミンについて簡単に説明します。これは2型糖尿病の治療薬で、世界的にはこの疾患に対する第一選択の薬剤です。安全性が確認されている薬です。歴史は古く1961年に糖尿病治療薬として販売が開始されています。日本では類似の薬による副作用の危険性を危惧し、長きにわたり投与できる量に制限がありました。(一日最大750mg, 現在は2250mg)

参考資料 Wiki 、メトホルミン

そのため世界的には1億人以上が服用している薬ですが、日本の医師、特に高齢の医師はメトホルミンを処方しないようです。これはかつて投与できる量が限られていて、「あまり効かない薬」というイメージを持たれているからだそうです。

さて、TAMEの話に戻ります。このプロジェクトがスタートしたきっかけにはいくつもの現場医師からの声があったからです。すなわち、2型糖尿病患者のうち、メトホルミンを服用している人に循環器系による死者がどうも少ないような「気がする」という声です。また、大規模な疫学調査もイギリスでありました。

Metformin Use and Mortality Among Patients With Diabetes and Atherothrombosis
この論文の引用数が400を超えています。JAMAという一流の学会誌でもあります。

すなわち、メトホルミンで治療を受けている患者は他の治療薬を服用している患者よりも死亡率が
低く、さらに糖尿病を患っていない人よりも死亡率が低くなるという驚くべき結果でした。

そこで前向きの臨床実験が提案されました。ここでいう前向きというのは、事前にメトホルミンを投与する健康なグループと偽薬を投与するおなじく健康なグループに分け、その後死亡率や健康状態に差が出るか調べるというのです。上でリンクにあげた論文は後ろ向き、すなわち過去のデータの解析で得られた結果です。最終的にはこのような科学的な「実験」は前向きの調査が必要です。後ろ向きの実験にはこの場合はメトホルミン以外の要因が結果に影響を及ぼす可能性があるからです。

科学者たちはアメリカ食品医薬局(FDA)にこの実験の許可を求めました。それまでは老化は病気ではないという常識があったために国から老化の治療薬に関しての実験の許可をもらうにはかなり高いハードルがあったのです。ところがなんと、FDAはその許可を与えました。2015年のことです。

産経新聞のTAME関する記事

このとき6年間のプロジェクトがすぐに開始されると誰もが思っていました。しかし現時点(2022年10月)でこの実験は始まっていません。資金が集まらないのです。理由はメトホルミンが安価な薬だからです。(日本の場合1日の薬価は7円)さらに特許も切れていて金儲けにならないことがおそらく理由です。

しかし重要な点が二つあります。一つ目は国が老化を病気であると認定したこと。そして二つ目は老化を治療する薬の候補が世の中にありそうだということを社会に示したことです。私もこのニュースを読み、面白いことが始まりそうだということで、趣味である「論文のさわりを読むこと」に拍車をかけることとなりました。

By MN