今回はラパマイシンを摂取した高齢マウスの寿命が伸びたという実験の背景を書きます。
前回書いたように月齢20ヶ月、人間では60歳前後に相当する高齢マウスの餌にラパマイシンを混ぜて与えたところ、寿命が28〜38%伸びました。これを理解するためにラパマイシンのmTorというタンパク質キナーゼに対する効果について説明しましょう。
mTor(mechanistic target of rapamycin)は簡単に説明すると生物の栄養状態を細胞に伝える仕組みと言えます。すなわち栄養状態がいいときにはmTorは活動を活発化して細胞に「十分に栄養があるよ」と伝え、飢餓状態になると活動が弱まって「栄養が足りない」と細胞に知らせます。そしてラパマイシンはこのmTorの活動を弱める働きがあります。言い換えるとラパマイシンを摂取したマウスの細胞は栄養状態がよくても、飢餓状態にあると勘違いするわけです。
ではなぜ細胞が飢餓状態にあるという情報を受け取るとマウスが長生きをするのでしょうか。
これにはオートファジーと呼ばれる現象が関与していると言われています。オートファジーは日本語では「自食」と訳されていて、細胞の内部にある出来損ないのタンパク質や場合によってはウイルスなどを栄養として分解する現象です。生物が飢餓状態に陥ると生き残りをかけて最大限の努力をします。エネルギーの消費を押さえ、必要のないものを栄養として利用するという努力です。一方栄養状態がいい場合はできる限りその栄養を蓄えようとします。
mTor阻害剤であるラパマイシンを摂取したマウスのmTorは活動が抑制されます。すると細胞は飢餓状態にあると判断し、オートファジーが起こります。すなわち高齢になると増えるといわれている細胞内のゴミ(出来損ないのタンパク質など)を栄養として利用し始めます。その結果細胞がきれいになるというわけです。
個別に説明をする予定ですが、おおよそ以下のようなことがわかっています。今回は引用を省略します。
- オートファジーによる寿命の影響は高齢マウスへのラパマイシン投与で効果が大きい。これはおそらく若いマウスの場合、細胞内に出来損ないのタンパク質がまだ蓄積されていないからです。
- ラパマイシンによる治療は間欠的でもいい。すなわち、一度細胞を「きれい」にすれば、しばらくは治療の必要はない。
- 大型犬の寿命がラパマイシン投与によって伸びるかを確認する実験が行われている。途中経過でこの投与により犬の心機能が若返ったという報告がある。
- 非常に少人数での治験であるが、高齢者にラパマイシンを一度投与し、1ヶ月後にインフルエンザワクチンを摂取したところ通常より20%抗体が多く作られた。
- 上記大型犬の実験に関わっている研究者が現在数千人規模の高齢者に対する治験をはじめている。
このような話を聞くとすぐにでも自分でもラパマイシンを飲みたくなります。しかし研究者や国の機関はかなり慎重です。理由はいくつもあります。まずラパマイシンによる「治療」は何に対する治療かという明確な目標がありません。なぜならば老化は病気とはまだ認定されていないからです。一方、老化は様々な疾患のもっとも大きな原因でもあります。このへんの考えがまだ曖昧なのです。また、ラパマイシンは投与する量によっては免疫が抑制されるために命にかかわる可能性もあります。
しかし世の中にはラパマイシンを自己責任で飲んでいる人もいます。
Alan S. Green という開業医がいます。開業医である彼は2016年頃だと思うのですが、自らラパマイシンを飲み始めました。そして現在は希望する患者に対してラパマイシンを処方しています。当時人間が摂取しても安全なラパマイシンの量がわかっていませんでした。唯一知られていたのは腎移植患者の免疫を抑制するための摂取量です。しかしこの量では免疫が抑制されてしまいますのでもっと少ない投与でないと健康な人にとっては害が及ぼされます。そして彼が注目したのは投与後にラパマイシンが血中にどれだけ残るかというデータでした。ラパマイシンは投与後70時間程度で血中濃度が半分になります。簡単な計算をすると、1週間もすると血中濃度がほぼ0に近くなります。そこで彼は1週間の間隔をあけて飲むことにしました。(その後副作用を自ら経験し、間隔を二週間に変えています)結構科学的(?)かつ挑戦者です。そして彼はこの経験を活かし、現在ある大学での治験に協力しています。
ちなみに私も2016年にグリーン医師とは独立に同じ計算をしていました。ちょっと自慢です。私はほら、素人だから・・・
つづく