前の記事では老化した細胞を除去すると若返り、若いマウスであっても老化細胞を移植すると老化が進むことを説明しました。これは老化細胞が出す「信号」が炎症を誘発し周りの多くの細胞に影響を及ぼすということです。そこで人間でも老化細胞を除去できないか、という研究がはじまりました。
この研究の中心は米国のMayo Clinicです。クリニックという名前ですが総合病院と教育機関、そして研究機関を兼ね備える大きな組織です。ここで老化細胞に関する大きな前進がありました。Mayo Clinic のジェームズ・カークランド(James Kirkland)博士がその中心人物です。彼が注目したのは老化細胞と癌細胞が似ているということです。そこで各種の抗がん剤の中から老化細胞だけを除去できる化合物を探しました。そしてたどり着いたのがダサチニブという血液のガンの治療薬とサプリメントとして広く流通しているケルセチンの「組み合わせ(カクテル)」です。
ダサチニブ (Dasatinib) Wiki ケルセチン(Quercetin) Wiki
この二つを同時に投与するとマウスに蓄積された老化細胞がかなりの割合で消えたのです。そしてそのマウスはより健康になり、寿命も延びました。この実験はその他多くの研究機関で追試が行われ同様の結果が出ています。この組み合わせは第一世代の老化細胞除去薬(Senolytics)と呼ばれています。
その後この組み合わせ(D+Q)は人間に対しての治験も行われており、例えば肺が線維化して呼吸困難を起こすIPF(特発性肺線維症)という難病患者に試験的に投与されました。その結果、2022年はじめにIPFの身体能力が向上したという研究発表がなされています。今まで治療薬がない難病に適用できる薬剤が発見された可能性があります。(この疾患では肺に老化細胞が増え、全体としての肺機能が低下するということです)
この「治療薬」の特徴は通常の薬と違い「たまに」投与すればよいということです。理由は一度老化細胞が減れば老化細胞の人体に対する影響が少なくなり、連続投与をしなくてもいいということです。これを研究者たちは「ヒット&ラン」と呼んでいます。この点は非常に重要です。なぜならばダサチニブは連続して長期間投与すると副作用が問題となります。しかし上の治験では少量を数日間投与しただけなので大きな副作用はなかったとのことです。
こうなると私たちの健康寿命と寿命が大幅に伸びるかもしれないと期待してしまいます。
つづく(次回は別のSenolyticsの紹介をします)